新地方公会計の実務 ―東京都における財務諸表の作成と活用

証券会社の地方財政アナリスト、銀行の審査担当者、保険会社の運用担当者など、地方債の投資家サイドに立つ人々に、一読を勧めたくなる一冊である。というのは、本書が行政による複式簿記・発生主義会計導入の取り組みの背景や経緯、東京都の会計システムの全体像やその構成部分の動きについて解説しているのみならず、そこから作成された財務諸表をどう読むかについても詳しく解説しているからである。投資家サイドでは、行政による複式簿記・発生主義会計導入について歓迎ムードで受け入れるとともに、「これで特殊な知識を備えずとも行政の財務状況が簡単に理解できる」といった意見が広まっているかもしれない。しかし実はその結論が性急であることを本書は教えてくれる。もちろん複式簿記・発生主義会計を行政が取り入れることとなった狙いとして、これまでの単式簿記・現金主義会計におけるストックやコストに関する情報不足を解消しようというものがある。よって「分かりやすくなる」という捉え方は当然妥当である。また、そのための行政の真摯な取り組みについては本書でも多岐に亘って説明されている。しかし、行政による複式簿記・発生主義会計の導入により、全てが民間企業の財務諸表と同じ尺度で比べることができるようになったわけではない。行政の複式簿記・発生主義会計は最近新たに導入されたものとはいえ、これまでの行政で単式簿記・現金主義会計において蓄積されたデータとの連続性も維持しなければならないし、地方自治法で示されている財産の定義等との整合性を確保する必要もある。そもそも、株式会社でいう株主もいなければ、資本金もない、資産についてはその大半は公共性の高い施設であり売買を前提にできない、などの組織そのものに大きな違いがある。こういった特質があるから民間企業を分析するのと同じ尺度で比べることが適切とは言えないのである。これらの様々な特性や差異を前提に行政の財務諸表を読まなければ数字の持つ背景や真の意味は理解できないであろうし、また分析結果についても的外れなものになってしまうかもしれない。地方自治体で複式簿記・発生主義会計の導入方法について研究・検討している人々にとって本書は有益であるのみならず、複式簿記・発生主義会計により作成された行政の財務諸表を分析する投資家サイドの人々にも有益であり、分析のガイドブックとして手元に置いておきたい一冊である。