樹は語る: 芽生え・熊棚・空飛ぶ果実

表題は、「樹を語る」ではなく、「樹は語る」です。著者は、樹木の声を聴き取る力がおありのようです。ながく森でくらし、樹木を観察していると、そのような特異能力が培われるのかもしれません。しかしどうも、特異と感じるほうが変であって、本来にんげんは、ふつうにそのような力をもっていたのかもしれません。この本を読んでいると、すなおにそのように感じられてまいります。著者は、次のように記します。《この本は「もの言わぬ」樹木の気持ちを代弁したものである。といってもじかに木の声を聞いたわけではない。できることなら、生の声を聞いてみたいと思ってはいるが、そんなことはできそうにもない。しかし、アイヌの神謡を見ると人々が樹々と普通に会話を交わしている。「カツラの木の神が“明日は恐ろしいものに会うが、力を貸してやるから気をつけて歩くように”と忠告してくれた」などという日常の出来事がふんだんに出てくる（「おわりに」）》ひさしぶりに詩情あふれる散文に出会いました。串田孫一の随筆を思いだします。スケッチもすばらしい。本文に示された樹々の生態は、樹木の声、「もの言わぬ樹々の語る『言葉』に耳を澄ませ」た著者にのみ明らかにされた秘密のようにも思えます。