決定版 三島由紀夫全集〈13〉長編小説(13)

三島由紀夫の小説４部作『豊饒の海』の第１部に当たる作品であり、昭和４４年１月に初版が刊行されている。さながら「王朝絵巻」の現代版のごとき、眼も眩む様な絢爛たる小説であり、著者の創作時の高揚感が窺われるような煌（きら）びやかな修辞句が全編に展開されている。小説のスタイルには多様性があって然るべきではあるが、本作品は story telling の妙味以上に、場面ごとに華麗に展開される ”美” を鑑賞すべき作品であろう。同じく現代の王朝絵巻として世評の高い谷崎潤一郎の 「 細雪 」 との比較においては、類似点も指摘されるものの、語り部としての谷崎の ” 柔 ” に対し、三島は、” 剛 ”といった印象を受ける。谷崎の細雪の如く、登場人物たちや各情景の情感を たっぷりとした 「和文」 の美しさでパラグラフ毎に楽しませるのが王朝絵巻の ”お約束” とすれば、本作品は伝統様式とは異なった､よりモダンで知的なな筆致により描かれた絵巻物と評し得よう。但し、三島の王朝絵巻の場合は常に「理智」が先行していることから作品の個々のパラグラフから立ち上がる香りに峻しい角が感じられるため、馥郁とした芳しさには 物足りない憾みを感じるとともに、あまりにも整然とした上段から振り被るが如き威圧すら感じさせる文体で 主人公 松枝清顕（ まつがえ きよあき ） の悲劇的な末路を直線的に描き切っており、清らかな ｢ 美的所為 」であるべき結末が、読者にとっては 独善的な 「 愚行 」 として映ってしまう危うさを覚える。